60の手習いということわざ。
六十歳になって文字を習い始めることから。
学問や習い事をするのに年齢制限などなく、たとえ晩年に始めても遅すぎるということはないという意味が込められている。
年をとってから習い事や学び事を始める(晩学)という意味で、「六十」は「七十」「八十」でもよい。
二十、三十の手習いとは言わないんですね。
そもそも、若いうちはなんでもチャレンジできそうだから、わざわざことわざにする必要もないと言ったところでしょうか。
60代の実母の話です。
仕事に子育てにまい進してきた母
60で定年を迎え、その後も契約社員だかパートだかで、同じ会社で仕事を続けています。
高校卒業後、入社した会社は結婚後辞めていますが、私が小学生ぐらいから、今の会社で働き続けています。
その間、家事に子育て、そして仕事と常に忙しい毎日を送っていたことでしょう。
夜ご飯の支度をして、母の帰りを待っていたり、中高のお弁当を自分で作ったり、私が子供の頃からなんでもできるのは、そんな母のおかげ。
(母の思い出を語りつつも自分を持ち上げてみる 笑)
当時は、もちろん「育メン」なんて言葉はなく、「男は仕事、女は家のこと」と言うような風潮。
父の帰りは遅く毎日残業。一人ですべてをこなしていたんじゃないかと思います。
そんな忙しそうに過ごしていた母が、60代になってから習い事を始めました。
フルートを習っています
昔々、母はエレクトーンを習っていました。その影響で私もエレクトーンを習っていました。
今でも実家にはエレクトーンがあります。
定年後、時間があるのでエレクトーンをまた習おうかなと考えていたようです。
でもせっかくならと、憧れのフルートを習う事に。
フルートは持っていないけど、楽器のレンタルもあるしってことで、一回30分×月3回のレッスンに通い始めました。
楽器を引き寄せた
通い始めて間もない頃のこと。母が友人と世間話をしていたとろ、娘さんが使っていたフルートを譲ってもらえる事に。
その友人は、古いし使わないから処分する直前だったそうです。
そんなこんなで、良いタイミングでやってきたフルート。
メンテナスは必要でしたが、母が引き寄せたのでしょう。
おわりに
今まで、仕事と家事に忙しい人生だったのが、最近の母はとても楽しそう。
趣味と友人と自分が自由に使えるお金があるって、いいなと思う。
母を見ていると、新しいことを始めるのはいくつになっても遅くないんだなと改めて感じます。
おまけ
フルート、吹いている様子を初めて間近で見ました。
大変そう。
両手指を使い、楽譜を見ながら、息を吐く。
普通に吹いても音出ないんですね。
先生と、母の音は雲泥の差ですが、それでもきちんと音が出るようになっていました。
腹筋も使いそうだし、ある程度の肺活量も必要でしょう。
頭と体の老化防止にとても良さそうです(^^)